【それはまた別の話 2 】きっぷ

先日、ご近所の美味しいごはん屋さん雨風食堂で、ふと『国鉄あちこち体験記』という古本を見つけ、鉄道好きの夫用に買ってみた。
家に戻りぱらぱらと何となく見ていると、この本の一番最後の章に『きっぷの誕生 東京印刷場』とあるのが目に留まる。

この本によると、東京・港区に、東京印刷場という国鉄の印刷場があったそうだ。
ここだけで全国のきっぷの三分の一が印刷されていたのだという。
ということは、もしかすると高知の路線のきっぷも印刷されていたのかもしれない。

私が育った高知県の東部には、JRが通っていなくて、ほんの十数年前に土佐くろしお鉄道・ごめんなはり線がやっと通ったくらいだから、子どものころからあまり、というかほとんどきっぷに馴染みがない。
だけど数年前だったか、夫が東京出張の際に昔のきっぷが活版印刷だからと、どこかの古本屋で見つけたらしいきっぷをお土産に買って来てくれていたのを思い出し、手元に持って来て照らし合わせながらまた本を読み進めた。

驚いたのは、写真と同じようなきっぷ(硬券)がこのサイズに断裁されてから活版印刷されていたということ。てっきり、大きな紙のサイズで何丁付けかで印刷されたものを後から断裁するものかと思っていたのに(地紋はもちろん大きな紙のまま印刷されるらしい)。

だから、この小さなきっぷサイズのまま印刷されるわけだから、その印刷機も小さいらしい。
しかも通常の印刷物とは比べ物にならないと膨大な印刷数になる。
自動販売機になる前は年間11億枚も刷られていたんだとか。
しかも一切のミスは許されない。
そして当たり前だけれど手作業で検品。

す、すごい、、、。
おもしろい、、!!

活字鋳造機までもあって、駅の名前などすべて“自家製”とか。
当時のベテランの職人さん達の仕事場どんなだっただろう、見てみたかったなぁ。
今はなき、活版印刷のきっぷの刷られるところ。

そういえば、以前ruskでもヨーロッパの古い鉄道きっぷを買っていたなと思い出し、また引き出しから取り出してくる。

それぞれの国や年代はばらばらだけれど、こちらももちろん活版印刷。
同じようにきっぷサイズのまま印刷されていたんだろうか?
いや、国が違えばまたそのやり方も違うんだろうか?

それはまた、別の話。


集英社文庫/国鉄あちこち体験記/ヒサクニヒコ著/昭和61年5月第1刷

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【それはまた別の話】と名付けた当ブログ内のコラム的コーナー。
前回(第一回)は一年以上前という、いつ次回があるかも不明。
そんな超気まぐれコーナーですが、私自身が出会った、たわいもない活版印刷にまつわるちょっとしたお話を書き留めていきます。

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